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registration 日本におけるモダン・ムーブメントの建築
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鳴門市文化会館,鳴門市勤労青少年ホーム,鳴門市老人福祉センター(現:鳴門市文化会館,健康福祉交流センター)
- 増田友也
- 間組
- 増田友也は,生涯に関与した約140作品のうち,6作品だけは自ら執着して設計に取り組んだとされている(長岡(2015))。それら6作品はいずれも完成度が高く増田の代表作となったが,その一つが鳴門市文化会館である。 鳴門市文化会館は,鳴門市市制35周年の記念事業として,廃止された塩田跡地に建設された。増田は鳴門市で1961年から約20年にわたり19棟の施設を生み出したが,文化会館の設計は1973年から足掛け9年にわたり,鳴門における増田の活動の半分近い時間が注ぎ込まれた。そして氏の遺作となった。 撫養川に面して建てられた3棟の施設群は,軒高を揃え,2階スラブ位置の見切を通し,ルーバーを連立させることで都市的秩序を形成し,施設群に挟まれた舗道は都市の広場として機能する。広場の東端は撫養川親水公園に接続し,川面に続く。川に面して列柱のように整然と並ぶルーバーは,鳴門の強い日差しによって川面にくっきりとした倒立像を形成し,潮位差によって流れを変える撫養川のゆらぎに合わせて律動する。その姿は撫養川の対岸に渡らなければ得られない。鳴門の気候を知り尽くした設計である。 文化会館では敷地全体を支配する7.2mのグリッドと,それを逸脱するホールによって生まれた楔形の隙間に,諸機能が効率よく格納されている。また,内部の各部には構造からくる緊張感と日本の美の繊細さが共存している。 文化会館の基本設計が大きく見直された1977年には,すでにポストモダニズムが台頭しはじめていた。しかし増田が生み出したものは,モダニズムか否かの視点で捉えきれるものではなく,原初から受け継がれてきた,時代を超えた普遍的なるものとしての風景に行き着いたと見るのは決して言い過ぎではないであろう。 増田の代表作である鳴門市文化会館を含むこの施設群は,モダン・ムーブメントの時代に生きた建築家が生涯をかけて取り組んだ建築的思推のひとつの帰着点であり,新しい時代に移行しようとする地域での公共空間のあり方,あるいはモダン・ムーブメントという時代に一石を投じた記念碑的施設群である。
- 1975〜
- 徳島