9th DOCOMOMO International Conference in Turkey 報告
渡邉研司


Other ModernismsからChallenge of Change へ

Other Modernismとは
DOCOMOMO 第9回国際会議が、2006年9月27日から29日にかけてアンカラにあるミドル・イースト工科大学で開催された。
1996年のスロバキアで開かれた第4回会議の出席来10年に亘って国際会議に参加し続けた私にとって、もう一度DOCOMOMOの活動を振り返り、近代建築の保存、近代運動、そして国際組織での活動を考え直すいい機会となった。
2000年から本格的な活動を始め、毎年のように国際会議を開いているmAAN(modern Asian Architectural Network)を率いる村松伸氏の報告(DOCOMOMO批判?新建築2006年10月号)にあるように、テーマはOther Modernisms という一見、非西欧の国のための主題に受け取れた。実際、開催国トルコを含め、日本、フィリピン、カンボジア、インドから発表があったが、その多くは、西欧諸国におけるモダニズムの多面性、多様性に焦点があてられた発表であり、村松氏が言うところの西欧発祥のモダニズム建築礼賛、あるいはアジアの大方が毒された建築思想を無自覚にも?開陳する会議ではもはやないことは、実際に参加し、発表を聞けば分かる。
会議の内容は、メインテーマを5つのサブ・テーマ(Definitions, Boundaries, Paradigms/Mobilization and Exchange/Identities and Subjectivities/Technologies, Process, Practices/Urbanism, Development, Landscape/Everyday Modernisms and Popular Culture) に分けたセッションが行われ、それらをはさむ形で保存に関するより実践的なケース・スタディを紹介するセッションが行われた。また、国際会議ではおろそかになりがちな討論も、2日間の夕方から3時間ほどかけて行われた(といっても時間通りに進むことはなかったが)。
とくに3日目の討論では、現在、DOCOMOMOがおかれている危険性、村松氏が指摘している西欧中心主義史観による閉塞感、各国でおかれている近代建築の危険な状況、若い世代への継承、ラテン対アングロ・サクソン(CIAMでの対立構造と同じ)による政治的対立、歴史家を超えた近代建築保存への関わりなどの問題が、パネラーであった元DOCOMOMOの会長であるヘンケット氏をはじめ、アラン・カニンガム(DOCOMOMO UK)やナターリヤ・ドゥンシキナ(DOCOMOMO Russia)、会場からの意見として近代建築の修復に取り組むイギリスの建築家ジョン・アランから熱く語られた。
Challenge of Changeへ
さらに、この会議では、次回2008年の国際会議開催のプロポーザルを日本とオランダが行ったことも、重要であった。 日本は、鈴木博之代表(東京大学大学院教授)が、Place of MOMO Between the Utopian Ideals and the Complexity of Genius Loci と題して、近代建築の場所性をテーマにした提案を、オランダは、世代交代した若手のグループがThe Challenge of Change Dealing with the legacy of the Modern Movementと題して、先の討論の内容にある、DOCOMOMO自体への危機感を反映して、変化への挑戦をテーマにしていた。
発表自体は、反応を聞く限り、日本に軍配が上がった印象であったが、翌日の総合執行委員会での投票では16対13(保留1)でオランダに決定した。
確かにこの5年間に国内で展覧会やシンポジウムなど活発な活動を行った日本への評価は高かったが、本当の国際的な意味を持った、実のある活動を行っていないことがオランダへの票との分かれ目であったと考える。そこにはDOCOMOMO Japanだけではなく、日本における国際交流と称する様々な文化活動(mAANをはじめJIAなど)に対する反省が存在するのではないだろうか。インターネットの発展のおかげで日本にいながら世界中とつながっているような幻想を抱きがちになるが、言語の難しさを認識しながら相手と直接会って対話をしているのか、日本での活動を広く海外に紹介し、それに対する応答を真摯に求めようとしているのか(mAANのメンバーのペーパーの発表が当日キャンセルされた)、組織として顔の見えない付き合いではなく、個人を尊重した自主性をもった交流ができているのか、目先の表面的な華やかさに踊り、あるいは西欧主義に対する汎アジア主義の復活などを単に主張しているだけなのではないのか、など反省すべき点が多々感じられた。
しかし、mAANからのDOCOMOMOへの影響は以下の点で大きいと考える。それは、村松氏が主張する『われらがモダーン』という11月に開かれる国際会議のテーマが、自分たちの足元に注目しようという意志の現れであり、ワークショップを中心とする子供や一般の人たちへの環境教育の一貫として保存を捉えようとしていることにある。事実、今回、プレ会議として1週間にわたりイスタンブールで保存に関する学生ワークショップがDOCOMOMOにおいて始めて開催され、大きな成果と賞賛が得られた。
これからDOCOMOMO Japanには、mAANによる批判を受けながらも、自分の足元、自分の思考(近代建築の調査・選定登録、保存運動)を地道に構築することはもちろん、時には他人の世界の思考から、他人の場において自分を考えるという、しなやかで双方向的なロジックと、個人の顔が見え、声が聞こえる実のある国際交流が必要であると考える。mAANがすでに2回も日本での国際会議を実行しようとし、少なくともその企画力、実行力、資金力においては、DOCOMOMO Japanを超えようとしているように私には見えるが、同時に、その早急さと華やかさによって、逆に国際交流にとって大事なことが忘れ去られようとしているのではと自戒を込めた危惧を持っている。

※新建築12月号(予定)を参照してください。 写真撮影・兼松紘一郎